教育方針

日本人として大切な文化教養・歴史や世界に対する理解・プレゼンテーションや話し合い・議論・討論する力などを育成する教育に、早期から取り組んでいます。

海外に住んだことのある人は、必ず祖国の良さに開眼します。それは、日本という祖国であったり、名古屋という故郷であったり、もっと広域な東洋というくくりであったりもします。グローバル化が叫ばれ、世の中の変化のスピードが速まる中、「明確な教育方針」を持つことはますます困難な時代であると考えます。
古きにとらわれすぎるのも良くない、世の中に合わせすぎるのも良くない、そういった反省の中で、わたくしたちが大切にしているのは、

日本のことを理解するために、日本以外のことも理解する。日本・東洋固有のものと諸外国の事柄を比較しながら理解を進める。
例えば、「我々の主食であるお米は湿度を好み夏に成長するが、西洋人の主食である麦は乾燥を好み冬に成長する」ということや、「一本では脆い矢も束になれば頑丈であるので、力を合わせ一つに結束すること」の重要さを説く日本の考え方と、それと同じような逸話でも「ニワトリの卵を一度に運ぶのではなく、いかにリスクを分散して一度に割れてしまわないように運ぶことの重要さを教える」、という他国の考え方があるというような具体例を挙げることで、それぞれの民族や国の考え方の違いがあることに気づかせ、そこから共有できる価値観を考えさせます。
それにさきがけてまずは自分や自分のルーツについて知り、またそれを他者に発信できるようになることを目指します。そして、そこから自分の家族、自分たちの街や国の事にその対象を広げ、やがては世界へまで視野が及んでいくような発展的な学習をしていくことが大切です。これらの学習を通じて、「答えが一つしかないドリル型」ではなく、自ら考え、発展させていく。それこそが、これからの世界で一番求められている本物の思考力を養う力となるのです。
ディベートとプレゼンテーション
日本人が決定的に弱いといわれている討論する力とプレゼンテーションの基礎を小さなうちから養います。
実はディベートというのは、そもそもが日本人の気質やその言語、さらに大きく言えば東洋の文化とあまり相性がよくありません。そのことを認識せずに議論しなさいと言われてもうまくできなくて当たり前です。子ども達には日本語について、例えば気配や佇まいを表す言葉がたくさんあることや、話し言葉で「わたし」という主語を用いない特殊な言語であるが、それを示す言葉自体は他言語とは比較にならないほどたくさん種類があることなどを教え、その素晴しさをまず伝える必要があります。また、海外では、「あなたの考えはどうなの?」と自らの意見を明確に示すことが求められますが、東洋では、年長者を差し置いて若輩者が出しゃばるのは無礼とされてしまう風潮がある、というような文化の違いも、日本人のプレゼンテーション力が伸びていかないことの背景にあるのではないでしょうか。そういった違いに気づかせ、それぞれの良さを認め、受け入れることが、グローバルスタンダードを学ぶための第一歩なのです。そしてそれは、小さなうちからでも十分に学習できることであり、むしろ、小さなうちから学ぶことが重要と考えます。

2016年7月号 ウエッジ(新幹線のグリーン車搭載の月間誌)掲載記事
記事をクリックすると拡大してご覧いただけます。